海事英語の音声

Martime English Pronunciation

本セクションでは、海事英語のうち、安全な航行のためにわかり
やすく通じる英語発音が重要な鍵を握る航海英語(Nautical
English)の役割や位置付けを示した上で、特に船長、航海士による船
⇄船、船⇄港湾の無線通信に焦点を当てて説明していきます。

船員が周囲を見渡している様子
1

海事英語の概要

1.1 海事英語とは

海事英語(Maritime English)は、外航船の船員が航海時及び港で使用したり、海運業や造船業に従事する人々が用いたりする英語と定義され [1] Bocanegra-Valle, A. (2013). Maritime English. In C. A. Chapelle (ed.) The Encyclopedia of Applied Linguistics. (pp. 3570–3583). Oxford: Wiley-Blackwell. 、「特定の目的のための英語」(English for Specific Purposes; ESP) に分類されます。

海事英語は、具体的には次の分野で用いられます。

  • 航海英語と機関英語

  • 舶用工学

  • 海運ビジネス

  • 海事法

1.2 日本の海運について

海運業は現代の国際貿易を支えています。商船の船員や海運業界の関係者は、海洋環境を保護し、関係企業や利害関係者すべての経済的利益を守りつつ、国をまたぐ地域間で船舶を安全に目的地まで導き、貨物を効率的に届ける任務を担っています。

島国の日本は、エネルギー原料 ( 原油、天然ガスなど )、工業原料 (鉄鉱石など)、食料 (小麦や大豆など) を海外からの輸入に頼っており、その貿易量 ( 輸出入合計 ) の約99.6% は商船が担っています [2] 海事広報活性化協議会 (2026). 海と船の情報ポータルサイト:海ココ https://c2sea.jp/sea-goto/shipping/ (2026年2月7日 最終閲覧) 。 商船を運航する船員は、船長と職員(航海士、機関長、機関士、通信士など)及び部員から構成されます。日本では船長と職員を「船舶職員」とし、船舶職員になるためには、「海技士国家試験」に合格し、かつ、区分に応じた「海技免許講習」の課程を修了し、「海技士免許」を取得する必要があります。

日本周辺の海上輸送ルートイメージ

1.3 世界を舞台とする船舶運航

船舶運航は国際的なものであるため、その業務に複数の国や文化が関わることは珍しくありません。船1隻をとっても、その建造国、船籍国、船主、船舶管理国、用船者、貨物の原産地、乗組員の国籍がすべて異なることもあります。アジア主要国の船会社が実質保有する船の船腹量は世界の 46.8%で、そのうち、中国・日本が 50.6%の割合です。一方、船籍国トップ3はパナマ・リベリア・マーシャル諸島です。また、世界の主要な船員供給国にはフィリピン・中国・インドネシアなどがあります。

日本人船員が関わる国々に焦点を絞ると、2025年現在 [3] 日本海事広報協会 (2025). 日本の海運 SHIPPING NOW 2025-2026. https://www.kaijipr.or.jp/shipping_now/ (2026年2月16日 最終閲覧) 、 日本の主な物資の輸入先として、原油は中東諸国、鉄鉱石・石炭・LNG はオーストラリア、LPG は米国・カナダが大きな割合を占めます。大豆は米国・ブラジル・カナダ、小麦は米国・カナダ・オーストラリアで、それぞれ合わせて 99%以上を占めます。また、貨物船は 20数名で運航されますが、日本商船隊の乗組員のうち日本人は 1.6% に過ぎず、フィリピン人 68.4%、次いでインド人が 14.3% を占めています。日本人の船長や機関長と外国人の船員が一緒に乗り組む混乗船が一般的です。

多国籍の船員が並ぶ様子

1.4 多言語・多文化を取りまとめる「英語」の重要性

このような世界を股に掛けた職場環境におけるコミュニケーションのための共通言語は英語です。ミスコミュニケーションは重大な海難事故に直結するため、安全運航のための適切な英語使用が必要不可欠となります。

船員に関する訓練、資格及び当直基準に関する国際基準である STCW 条約 [4] International Maritime Organization (1993). STCW 1978: International Convention on Standards of Training, Certification and Watchkeeping for Seafarers, 1978: with Resolutions Adopted by the International Conference on Training and Certification of Seafarers, 1978. London: IMO. では、世界中の海事教育機関に対して、甲板士官候補生(すなわち航海士志望者)が次の知識・技能を英語で習得することを求めています。

  • 海図その他の航海用の図誌を利用すること

  • 気象情報並びに船舶の安全及び運航に関する情報及び通報を理解すること

  • SMCP「標準海事通信用語集」の表現を理解し使用しつつ、他船又は海岸局と交信したり、
    多言語を使用する乗組員とともに業務を遂行すること

2

SMCP「標準海事通信用語集」について

2.1 SMCP とは

船員には英語のあらゆる側面の能力が求められますが、とりわけ重要なのは話す力と聞く力です。これは、様々な母語を持ち、英語運用能力にも大きな差がある航海士同士であっても、船内、船⇄船、船⇄港湾で円滑に無線通信による意思疎通ができ、安全な航行を保証する必要があるからです。このため、国際海事機関(International Maritime Organization; IMO)は、2002 年に標準海事通信用語(Standard Marine Communication Phrases; SMCP) [5] International Maritime Organization (2002). IMO Standard Marine Communication Phrases. London: IMO. [6] 髙木直之・内田洋子 (2002). 『海事英語基礎』東京:海文堂. を策定しました。STCW 条約(1-4)では、世界中の海事訓練機関が甲板士官候補生に対して SMCP を指導することを義務付けています。

日本で、SMCP は「海技免許講習」(1-2)中の「上級航海英語講習」履修内容の一つになります。

2.2 「わかりやすさ」のための工夫

SMCP は、様々な英語能力を持つ人たちにとって使いやすくなるよう、また、ノイズのある特有な環境下でのコミュニケーションを考えて、文法の簡易化を含めた様々な工夫をしています。

1 アルファベットのスペルアウト

A = Alpha, B = Bravo, C = Charlie, …. Z = Zulu
ノイズ下では、例えば S /és/ と F /éf/、P /píː/ と T /tíː/ の聞き取りが困難になるため、次のようにスペルアウトして伝えます。

  • Eng

    This is MV Intelligibility, call sign, Juliet, Bravo, Alpha, Sierra, Papa. Over.

  • Jpn

    こちらIntelligibility号、信号符字はJBASP。どうぞ。

2 数字は一つ一つ単独で発音

ただし、操舵号令(例:Port/Starboard fifteen)は除きます。

  • Eng

    position 15 (one five) degrees 34 (three four) minutes North, 061 (zero six one) degrees 29 (two nine) minutes West

  • Jpn

    北緯15度34分、西経61度29分

  • Eng

    My draft forward is 7.2 (seven point two) metres and draft aft is 6.5 (six point five) metres.

  • Jpn

    本船の船首喫水は7.2メートル、船尾喫水は6.5メートル。

3 メッセージマーカーの使用

メッセージの意図を明確にして誤解を防ぐために、メッセージマーカー(Instruction, Request, Advice, Warning, Question, Answer, Request, Intentionの8種類)を文の最初につけます。

  • Eng

    INSTRUCTION. Do not cross the fairway.

  • Jpn

    [指示] 航路を横切るな。

  • Eng

    REQUEST. I require two tugs.

  • Jpn

    [要請] 曳船を2隻必要とします。

  • Eng

    ADVICE. Stand by on VHF channel six nine.

  • Jpn

    [勧告] VHFチャンネル69でスタンバイせよ。

4 質問に対する応答はYes, No の後にフルセンテンス

  • Eng

    Do you require medical assistance? – Yes, I require medical assistance.

  • Jpn

    貴船は医療援助を必要とするか? – はい、本船は医療援助を必要とする。

  • Eng

    Is the sea state expected to change? – No, the sea state is not expected to change.

  • Jpn

    海面状況は変わる見込みか? – いいえ、海面状況は変わらない見込み。

5 縮約形の不使用

  • Eng

    I’m underway. → I am underway.

  • jpn

    本船は航行中。

  • Eng

    Don’t cross the fairway. → Do not cross the fairway.

  • Jpn

    航路を横切るな。

6 曖昧な助動詞の不使用

  • Eng

    May I enter the fairway? → QUESTION. Do I have permission to enter the fairway?

  • Jpn

    [質問] 本船は航路に入る許可を得ているか?

  • Eng

    You could be running into danger. → WARNING. You are running into danger.

  • Jpn

    [警告] 貴船は危険な方向に向かっている。

7 定型表現を活用し、情報を明確に伝える

“stand by,” “over,” “mistake,” “correction,” “repeat”といった表現を使い、メッセージをわかりやすく伝えます。

  • Eng

    Stand by on VHF Channel 14 until pilot transfer is completed.

  • Jpn

    水先人の移乗が完了するまで、VHFチャンネル14で待機せよ。

  • Eng

    I have a list to port of 2 degrees. Over.

  • Jpn

    本船は左舷に2度傾いている。どうぞ。

  • Eng

    My present speed is 14 knots – mistake. Correction, my present speed is 13, one-three, knots.

  • Jpn

    本船の速度は14ノット。間違い。訂正。本船の速度は13ノット。

2.3 文法上の注意点

SMCPの文法のベースは、一般英語と同じです。したがって、基本文法を正確に理解し運用できる力が必要不可欠です。具体的には、多用される命令文、Yes-No疑問文・WH疑問文とその応答といった基本構造をはじめ、時制・相・法・態とそれに伴う動詞の活用形の理解が大切です。

基本文法の正確な運用の重要性を示す例を一つ挙げておきます。当直の際、次のような周囲の船舶の状況を正確に報告することは、安全な航行に不可欠です。

  • Eng

    Vessel A is overtaking us.(現在進行形)

  • Jpn

    船舶 A が本船を追い越し中。

  • Eng

    Vessel A has overtaken us.(現在完了形)

  • Jpn

    船舶 A が本船の追い越しを完了した。

  • Eng

    We were overtaken by Vessel A.(過去の受け身)

  • Jpn

    ( 少し前に ) 本船は船舶 A に追い越された。

  • Eng

    We are being overtaken by Vessel A.(現在進行形の受け身)

  • Jpn

    本船は ( 現在 ) 船舶 A に追い越されているところだ。

2.4 語彙上の注意点

船上では、航行に必要な専門用語や表現 (例:May Day, bearing, person overboard) が使われるのはもちろんのこと、一見簡単な語も一般的な英語とは異なることがあります。例えば、左右(左舷・右舷)はport(side), starboard (side)(< left, right) 、厨房は galley (< kitchen)、煙突はfunnel (< chimney)と言います。一般英語と意味が異なる場合もあります。例えば、casualty は一般英語では「死傷者」を意味しますが、船ではcasualtyとinjured person の2つを使い、「死者」と「負傷者」を区別します。省略語も豊富です。ECDIS, EPIRB, RADARなど一つの単語のように発音する頭字語(acronym)と、IMO, ETA, GMDSS など各文字を一つずつ読む省略語があります。

これら専門用語の多くは、カタカナ語という形で日本語のコンテクストでもそのまま使用され、英語として新たに覚える必要がない場合も多いでしょう(例:navigation「ナビゲーション」、draft「ドラフト」、search and rescue「サーチ・アンド・レスキュー」)。ただし、時にカタカナ語と英語とが対応しないケースもあります。例えば、カタカナ語で「ビット」と言われる岸壁の短柱を英語ではbollard、「ボラード」と言われる甲板上の2本1組のものを英語ではbittと呼びます。指し示す内容が反対になるため、注意が必要です。

3

SMCP「標準海事通信用語集」
の音声:聞き取り上の注意点

3.1 彩り豊かな英語発音の聞き取り

出入港時、外航船は船舶交通サービス(Vessel Traffic Service; VTS)と英語で無線による交信を行います。東京湾内でそのやり取りを聞くと、英語運用能力が多岐にわたり、かつ様々な言語を母語とする船舶職員が、自分の「お国訛り」、つまり母語の影響を受けた発音で堂々と通信を行っています。VTSの通信者がなまりの強さをものともせずに混雑した海域の交通をさばくのは驚きです。このように、無線通信は非母語話者の英語変種の宝庫ですが、これらの変種には具体的にどのような特徴があるのでしょうか? また、日本語を母語とする日本人船員は、どのようにこれらの変種を聞き、どのような特徴になまりを感じるのでしょうか? さらに、母語話者が変種を聞いたときに感じるなまりとどのような違いがあるのでしょうか?

これらを明らかにするには、日本語、標準的な英語発音、非英語母語話者の母語の3言語の対照分析をする必要があります。

以下は、日本の海技士が業務上、接触する可能性の高い3つの英語変種に関する音声・音韻的特徴を記し、日本語母語話者が聞き取りをする際の注意点について分析してまとめたものです。

3.2 フィリピン英語 [7] Takagi, N., & Uchida, Y. (2011). Phonetic characteristics of Filipino mariners’ English. IMEC-23 Proceedings, 193–199.

フィリピン国旗

海事大学学生による無線交信で用いられるアルファベット及びSMCPの文の読み上げと、教官による航海の経験談をテーマにした自然発話の英語音声データを集めました。フィリピン国内には非常に多くの言語が存在するため、発話者は特定の言語母語話者に限定していません。イギリス英語母語話者・日本語母語話者(著者たち)の両方が音声を聞き、フィリピン英語の文献 [8] Comrie, B. (1990).The world’s major languages. London: Oxford University Press. も参考にして、以下の特徴を見出しました。

子音

  • /f/ → [p]:coffee → copy, chief engineer → cheap engineer, different → “diperent,” foreigner → “poreigner”
  • /r/ → たたき音([ɾ]), ふるえ音([r]):hard, anchor のような母音の後のr で顕著
  • 語末の/p, t, k/ → [ʔ], 𝟇
  • /θ, ð/ → [t, d]:think → “tink,” thing → “ting”; the → “da,” this → “dis”
  • /z/ → [s]:You must use your ice. (目が大事だよ)
  • /v/ → [b, w]:every → “ebery,” vessel → “bessel”; very → “wery”
  • 語末の/tʃ, dʒ/ → [ts, dz]:which → “wits,” bridge → “bridz”
  • その他:India → /ɪ́ndʒə/, Sierra → /ʃiérə/(タガログ語の発音の影響)

母音

  • つづり字発音を行う結果、弱母音強母音に:officer, quarter [er]; anchor, color, motor [or]
  • -ation [on]:communication, situation
  • その他:タガログ語の/a/を英語の/æ/(例:man, bank)に使用;
    二重母音の発音に苦労するケース:main, alone; /ɪ/ → /iː/(例:river, dinner)

リズム

  • モーラ拍リズムが使われている
    日本語母語話者のコメントの多くは母音子音といった単音に関するものだった一方、
    英語母語話者は語強勢で弱めるべき母音がじゅうぶんに弱まっていないことやリズムに関する指摘を多くしました。

3.3 中国人の英語 [9] 内田洋子・髙木直之 (2012). 中国語話者の英語訛りの研究:日本人海事従事者のために.『日本航海学会論文集』126, 55–64.

中国国旗

主に中国語北方方言母語話者の海事大学学生による一般英語の文・無線交信で用いられるアルファベット・SMCPの文を録音しました。中国語・英語・日本語の対照分析 [10] Chang, J. (2001). Chinese speakers. In M. Swan & B. Smith (Eds.), Learner English: A teacher’s guide to interference and other problems (2nd ed., pp. 310–324). Cambridge University Press. の後、英語母語話者・日本語母語話者の両方が音声を聞きました。標準的な英語から逸脱していると報告されたものは以下のとおりです。* の項目については日本語母語話者も「なまっている」と感じたもの、印がついていないものは英語母語話者だけがなまりを指摘したものです。

子音

中国語の無声有気・無声無気の対立(→気音)が大きく影響

  • *母音の後の/l, r/の脱落や変質:Alpha, call, Delta, Golf; wear, four, fourteen
  • */b, d, ɡ/ → [p, t, k]:bosun (ポースン), back [p]; danger, do [t]; go, again [k]
  • */v/ → [w]:vessel (ウェッセ), Bravo, drive, Five, November, Seven, Seventy, Victor
  • */θ, ð/ → [t, d]:thirteen, thirty, three; the, that, they
  • */h/ → [x]:help, he, heaven
  • /θ, ð/ → [s, z]:thought, anything, bath; there, with
  • /z/ → [dz]:Zulu
  • 母音の前の/l, r/の混同:rig, pilot boat, Romeo
  • 代名詞his, her の/h/脱落

母音

  • *体系的な指摘ではなく、期待する音価から外れているもの:Buoy (ボィオ), Echo (アィコウ, イーコウ), Eight (アイト),
    Fire (フェアー), Four (ファウ), Fourteen (ファウティーン), shower (ショウ), Spain (スパイン、スパン)
  • /e/ → /ʌ/に近い音色:heaven, help, get, any, many
  • /eɪ/ → /e/の範疇:Spain, plain, came
  • /aʊ/ → /a/, /ʊ/の本来あるべき音価から外れている:how, about, downtown

音節構造

子音連続中や語末子音の後の母音挿入、語末子音の脱落

  • *語末子音の脱落:Juliet → Julie_, Foxtrot → Foxtro_, Uniform → Unifor_, crude → cru_, pilot boat → pilo_ boat, Nine → Ni
  • *母音の挿入(期待する音価ではない場合):aft → *aft[a], boat → boat[a], fast → fast[a], flag state → flag[a] stat[a],
    Foxtrot → Foxtrot[a], Golf → Golf[a], Juliet → Juliet[a], Victor → Vic[a]tor
  • 母音の挿入(期待する音価の場合):book→ book[u], cab → cab[u], help → help[u],
    if → if[u], lasted → lasted[u], stop → stop[u]

その他

  • *語中子音の脱落:Six → Si_s, Sixteen → Si_teen, knots → kno_s
  • *脱落と挿入:present → presen_ → presen[a]
  • Put seven shackles. → Put[a] seven shackles. (“Put a seven shackles” … ?)

3.4 韓国人の英語 [11] 内田洋子・髙木直之 (2013). 韓国人海事英語の音声的特徴について:日本人が感じる外国語訛り.『日本航海学会論文集』129, 45–49.

韓国国旗

主に老年層ではないソウル方言話者である海事大学学生が発音した無線交信で用いられるアルファベット及びSMCPの文が元となっています。日本語母語話者の航海士を志望する大学生が音声を聞きました。韓国人の英語音声特徴 [12] Lee, J. A. (2001). Korean speakers. In M. Swan & B. Smith (Eds.), Learner English: A teacher’s guide to interference and other problems (2nd ed., pp. 325–342). Cambridge University Press. のうち標準的な英語から逸脱している特徴を網羅的に説明した内容が次のとおりです。このうち * のあるものは、日本語母語話者が「なまっている」と指摘した語です。

子音

韓国語の平音・激音・濃音の対立、有声音と有声音の間に来る平音の有声化の影響

  • /f/ → [p]:*Alpha, *Golf, *Uniform, *Fifteen, *Fifty, *flag, *after, *aft
  • /z/ → [dʒ]:*Zulu, *zero
  • 語中以外の有声子音が無声に:Bravo [p], Delta [t], Golf [k], Juliet [tʃ]
  • 語中の無声子音が有声に:なし
  • /l, r/ → 音節頭で[ɾ], 音節末で[l]:Bravo, Charlie, Golf, Kilo, Lima, Romeo, Sierra, Three, Eleven, flag, last, rig
  • /v/ → [b]:November
  • 高前舌母音/ɪ, iː/前の/s, ʃ/の混同:Sierra, Six, Sixteen, sinking
  • /θ/ → [s]:Three, Thirteen, Thirty
  • /ð/ → [d]:this, the

母音

英語は20数個あるが、韓国語は7個のみ

  • /æ/ → [e]:*Tango, *anchor, *last
  • /oʊ, ɔː/ → [oː]:Bravo, Echo, Kilo, Romeo, *Tango, boat
  • /ʌ/ → [ɑ]:なし
  • walk/workの区別なし、work /ɚː, əː/ → [ɔː, ə]:なし

音節構造

子音連続や語末子音の後の母音挿入、語末子音の脱落

  • 母音の挿入(期待する音価ではない場合):Foxtrot → *Foxt[u]rot[u], aft → *aft[a]
  • 母音の挿入(期待する音価の場合):eight → eight[u], X-ray → eks[u]-ray, Mike → Mik[u]
  • 語末子音の脱落:Foxtrot → *Foxtro_, Juliet → *Julie_, Quebec → *Quebe_,
    eight → *eigh_, Titanic → *Titani_, vessel → *vess_(音節全体が脱落)

その他

  • 期待するカタカナの音価と異なる:*November (ノベンボー), *Victor (ビクトー), *Thirty (ソーティー)
  • 語末の音節が短すぎる:*Bravo (ブラボ), *Charlie (チャーリ), *Echo (エコ), 数字の *-teen (…ティン)
  • *アルファベット読み上げにおける独特な上昇・下降の抑揚

3.5 日本語母語話者が感じる「なまり」

日本人船員は英語非母語話者として、やはり非母語話者である相手の英語を聞きます。その際、相手の英語に「なまり」があるかないかの判断は、自身の母語である日本語の影響を受けた英語と照らし合わせて行っているようです。英語を聞く際の「篩(ふるい)」の目は、比較的粗いようです。例えば、韓国人の英語を観察すると、母語の韓国語の影響により英語/æ/が[e]で、/s/が/iː/の前では[ɕ]で実現され、日本人の耳にはtanker [teŋka] は「テンカー」、sea [ɕiː]は「シー」のように聞こえます。結果として、英語母語話者であれば両方に「なまり」を感じるところ、日本人は自分の期待する音価(タンカー)から外れた tankerにのみ「なまり」を感じるのです。

音節構造の問題についても同様です。開音節が基本構造の中国語母語話者は、英語の閉音節を開音節にするために子音連続や語末で母音の挿入をするケースと、音節末の子音を脱落させるケースがあります。例えば、アルファベットの Julietは Juliet[a]とJulie_のいずれかで発音します。これを日本語母語話者が聞くと、前者よりも後者に「なまり」をより強く感じるようです。これは、やはり開音節が原則の日本語の母語話者も母音をつけて開音節にする発音はよく行う一方、脱落させるストラテジーを取ることは少ないことが理由の一つと考えられます。また、語末の/t/が脱落することによって、情報量が落ちるため、聞き手として/t/を補う労力が必要となることも違和感につながるかもしれません。

フィリピン英語の研究から、英語母語話者と非母語話者の着目点が大きく異なることも興味深いところです。標準的な英語から逸脱している特徴のうち、日本語母語話者は分節音(子音や母音)の逸脱が違和感をもたらす原因となっているのに対し、英語母語話者は、超分節的要素レベルの逸脱が気にかかるようです。語の中で弱く発音するべき音節の母音が強く発音される結果、強弱の対照が不明瞭となったり、発話全体の音節一つ一つが同じ長さで発音されるリズムに聞き取りにくさを覚えたりするようです。このことは、母語話者はトップダウン、非母語話者はボトムアップで聞き取りを行なっている傾向を示しています。

以上のように、非母語話者の英語音声は、小中高で学ぶときにモデルとして使われることの多いアメリカ英語とは逸脱している上、日本語母語話者として自身が期待する音価とも異なります。船舶運航のコミュニケーションにあたっては、こういった各母語話者の英語音声の特徴をひと通り理解し、その音声をたくさん聞いて慣れるとよいでしょう。なお、報告された音声上の違和感が安全な航行のためのコミュニケーションにどの程度の影響を及ぼすかについては、今後、さらなる研究が待たれます。

3.6 母語話者の英語がわかりやすいとは限らない [13] Uchida, Y., & Takagi, N. (2012). What did you say? ― Why communication failures occur on the radio. IMEC-24 Proceedings, 170–179.

無線機を持つ船員

では、英語母語話者の英語であれば「なまり」が少なく、
わかりやすいと言えるのでしょうか?

そうでもないようです。

東京の VTS 職員(28 名)を対象に行った調査によると、通信を行った経験のある船員の国籍として挙げられた 16 カ国の内訳は次のとおりでした: Inner Circle =アメリカ、オーストラリア、イギリス、 Outer Circle =インド、マレーシア、フィリピン、シンガポール、 Expanding Circle =中国、韓国、インドネシア、タイ、ベトナム、クロアチア、ロシア、トルコ、ウクライナ。通信する上でどの国の人の英語がどの程度わかりにくいと感じたかを 7 段階のスケール(1=非常にわかりやすい、7=非常にわかりにくい)で尋ねたところ、ウクライナ人(5.86)とロシア人(5.81)が最もわかりにくいという回答、それに中国人(5.14)、アメリカ人(4.90)が続きました。一方、フィリピン人(3.50)、インド人(3.20)、韓国人(3.04)、シンガポール人(3.00)の英語は最もわかりやすいという回答でした。

わかりにくい原因については、無線設備の問題(ロシア)、使用単語や表現(中国・韓国の船員は表現が拙く、アメリカ・イギリスの船員は表現が高度過ぎる)が指摘されました。英語力の違いを埋めるための SMCP という「共通表現」がありながら、それが身についていなかったり、それを無視して母語話者にしかわからない表現を使ったりという現場の問題点が結果に現れています。

さらに、音声に関わる原因も指摘されました。そこでは「なまり」(中国人・ロシア人)だけでなく、母語話者の話すスピードの問題もありました。アメリカ人(4.90)・イギリス人(4.29)・オーストラリア人(4.20)の英語について、「スピードが速過ぎる」という回答が頻出しました。「繰り返すように求めてもスピードや表現を変えない」「通じないと笑われたり怒鳴られたりしたことがある」など、母語話者の非協力的な態度も報告されています。他の国籍と比べて標準偏差が大きかったことから、回答者によって母語話者の英語の聞き取りやすさには大きなばらつきがあり、英語母語話者の英語であればわかりやすいとは言えないようです。

「わかりやすい英語」を達成する手段として、圧倒的に多かった意見は「ゆっくりとはっきりと明瞭に発音する」でした。これにより「なまり」によるわかりにくさも解消されるとのことです。それ以外には「スペルアウトすると理解に役立つ」ほか、母語話者に対しては「外国語を学習する経験をして、外国語でコミュニケーションをとる大変さを理解してほしい」といった意見もありました。

4

「わかりやすく通じる発音」の見地から見た
SMCP「標準海事通信用語集」用語の発音

4.1 「わかりやすく通じる発音」の重要性

無線通信における正確な意思疎通は、母語を共有しない航海士にとって困難になるケースが多いものの、海難事故防止のために必須です。海上における人命の安全を確保するとともに、STCW 条約および同コードに定められた英語能力要件を満たすため、船員が効果的に意思疎通を行えるようにすることを目標としている IMO 準拠の Model Course [14] International Maritime Organization (2015). IMO Model Course 3.17: Maritime English. London: IMO. があります。これによると、通信上の支障の約 90% の意思疎通の失敗は、音声・音韻上の不正確さに起因するとされ、音声教育の大切さが説かれています。一方で、船員に見られる非母語話者のアクセントについては、「話者の発話が理解可能である限り許容される」「わかりやすく通じる英語であれば、非母語話者特有の外国語訛りも許容される」としています。しかし、どのような発音が「理解可能」とみなされるのかについては、明確な記述はありません。

一方、第二言語音声教育の分野においては わかりやすく通じる英語発音 の指標が 2 つ設けられています。一つは「明瞭度」、もう一つは「わかりやすさ」です [15] Derwing, T. M., and Munro, M. J. (2015). Pronunciation fundamentals: Evidence-based perspectives for L2 teaching and research. Amsterdam: John Benjamins Publishing Company.

指標 1

明瞭度

intelligibility

話し手の意図と聞き手の理解が
どの程度一致しているか

the degree of match between a speaker’s intended
message and the listener’s comprehension

指標 2

わかりやすさ

comprehensibility

聞き手が発話を理解するのに
かかる労力の度合い

the ease or difficulty a listener
experiences in understanding an utterance

4.2 日本語母語話者の SMCP 用語発音:音声的特徴

前述2-4のとおり、多くの専門用語は、カタカナ語のような発音が定着しているケースが多いものですが、カタカナ語は様々な理由で英語の発音と異なり、そのまま使うと通じない可能性があります。また、聞き手の立場としても、カタカナ語の音声知識をベースに本来の英語を聞こうとすると、うまく聞き取れなくなってしまう可能性があるため、注意を要します。

ここで紹介する研究では、SMCP における用語で「カタカナ語」としても使われることの多い語がどのように発音されるかを探りました。日本語を母語とする航海士志望の大学生(Group A = 15 名, Group B = 15 名)が、次の 65 語を英語として発音しました。

Group A の単語リスト

alarm, astern, barometer, bow, briefing, buoy, call, cargo, clear, container, control, deck, emergency, freeboard, full, hold, iceberg, information, kilometer, launch, liferaft, meter, mile, oil, order, port, pump, radar, request, rudder, smoke, starboard, tool, trim, turbine

Group B の単語リスト

ahead, anchor, ballast, berth, boat, bridge, channel, course, crew, damage, diesel, draft, ETA, fairway, ladder, lifeboat, light, local, message, officer, pilot, pirate, proceed, propeller, ship, signal, speed, system, team, tug

発音された語を対照分析したところ、以下に挙げる音声特徴があることが判明しました。括弧の中の数字は、得られた 15 応答中、該当する音声特徴があったものの数です。

なお、 * のついているものは、D-3で説明する聴取実験において明瞭度が 40% 以上 60% 未満だったもの、 ** は明瞭度が 40% 未満だったものです。

特徴1 日本語の音韻体系にない音を含むために発音が難しい単語

例えば、ladder /lǽdɚ/(梯子)と rudder /rʌ́dɚ/(舵)はいずれも「ラダー」と呼ばれますが、英語では語頭の/l, r/と母音/æ, ʌ/に違いがあります。これは、日本語には体系的に/l, r/や/æ, ʌ/の音の区別がないことに起因するもので、発音上の問題点として “global error” と呼ぶことがあります [17] Szpyra-Kozłowska, J. (2015). Pronunciation in EFL instruction: A research-based approach. Bristol: Multilingual Matters.

子音
  • /l/-/r/の混同、日本語の/r/ ([ɾ])の使用:*clear (14), kilometer (14), *crew (13), **freeboard (13), *request (13),
    **rudder (13), control (12), *draft (12), *briefing (11), *liferaft (11), *pirate (10), **radar (10)
  • Dark L → [ɾ]:**hold (14), *oil (12), control (12), **mile (11), **full (10)
  • /θ/ → [s]:**berth (11)
  • /s/ (+ /ɪ, iː/) → [ʃ]:emergency (13), system (12), signal (9), proceed (4)
    ※ /ʃ/ → [s]:ship (2)
  • /f/ → ほとんどの場合、[ɸ]で実現:*briefing, **fairway, **freeboard, **full, information, lifeboat, *officer
母音
  • /æ, ʌ/ → 日本語の/a/:*liferaft (14), **rudder (12), *anchor (11), **ladder (8)
  • rの二重母音 → r音性なしで発音:**port (15), order (14), **course (13), starboard (13); emergency (15),
    **turbine (14), iceberg (11); *cargo (15); *clear (14)
  • /oʊ/ → [oː]:**old (14), boat (9), smoke (4), local (2)
  • /ɪ/-/iː/ → ほとんどの場合、長さの違い([i]-[iː])で実現:**bridge, information, ship, signal, system,
    **trim; *briefing, **diesel, ETA, **freeboard, proceed, speed, *team
母音挿入
  • 子音連続における母音挿入(音節数の増加):*clear (12), control (12), **freeboard (11),
    *briefing (10), *draft (10), **propeller (10)
    ※ 語末子音では母音挿入は見られず(例:ahead, *alarm, boat, **bridge, *draft, ship); 例外は *briefing [-ŋk(u)], [-ŋɡ(u)] (10)
母音の無声化
  • 無声子音に挟まれた高母音の無声化(音節数の減少):*officer [oɸi̥saa] (15)

特徴2 日本語の音韻体系からは説明できない、個々の単語に特有の発音の問題

例えば、tea /tíː/は「ティー」、teacher /tíːtʃɚ/は「ティーチャー」と発音するのに、team /tíːm/は (ティームではなく)「チーム」という発音がカタカナ語として定着しているため、英語として発音する際にも[tɕíːm] (英語としては /tʃíːm/のように聞こえる)のようになりがちです。このようなカタカナ語の影響による個別に逸脱した発音を “local error”と呼ぶことがあります [17] ここに脚注テキストを入れてください。 [18] ここに脚注テキストを入れてください。

特定の発音がカタカナ語として定着
  • **tool (9)「ツール」( <トゥール), *team (8)「チーム」( <ティーム), *channel (6)「チャンネル」( <チャネル),
    *pirate (3)「パイレーツ」( <パイロット)
  • 第2音節が弱化されない(強勢の位置が明確でなくなる):**ballast (13)「バラスト」[-ast], message (3)「メッセージ」[-eedʒ], *damage (2)「ダメージ」[-eedʒ]
  • *deck の口蓋化(6)「デッキ」[-kj]
  • **port の無声化母音挿入(2)「ポート」[pooto̥]
  • 原語が英語以外:**pump /pʌ́mp/「ポンプ」( < パンプ) → オランダ語 “pomp”
スペリングの影響
  • ローマ字発音:**launch (7) [-au-], kilometer (7) [-ee-], meter (7) [-ee-], *barometer (5) [-ee-]
    ※ “meter”は[ei]となることも:*barometer (5), kilometer (3), meter (1)
  • 馴染みのある単語の類推が発音に影響している可能性も:**ballast (13) “last”;
    *pirate (11) “rate”; *damage (9), message (9) “age
    ※ cargo は “go” の類推なし:*cargo (9) [ɡo] や 母音の脱落した *cargo (1) [ɡ]

多くの場合、global error とlocal error が複合的に起きています。例えば、channel の第一音節の/æ/と語末の/l/は日本語の影響でそれぞれ[a], [ɾ]となります(global errors)。同時に、語中の/n/はチャネルのように[n]の一音で発音することも可能ではあるものの「チャンネル」というカタカナ語として定着している(local error)ことから、英語として発音する際にかなりの逸脱が感じられる形で発音されてしまいます。

ここではこれら2種類の “errors” について詳述しました。ですが、実際のところ「わかりやすく通じる発音」を目指すのであれば、明瞭度が高くわかりやすさの度合いがじゅうぶん高ければ、それで良いわけです。次のD−3では、これら航海士志望者の発音したSMCPの海事用語がどのように聞かれるのか、明瞭度とわかりやすさを測定した研究結果を紹介します。

4.3 日本語母語話者の SMCP 用語発音:明瞭度 [19] Uchida, Y., & Sugimoto, J. (2023). Intelligibility of Maritime English terms pronounced by Japanese deck cadets. Proceedings of the 20th International Congress of Phonetic Sciences, 4259–4263.

上述D-2の航海士志望者30名が発音したSMCPの用語(65語x15名)の明瞭度を測定しました。様々な発話者が発音した65語を1トークンずつランダムに提示し、アメリカ英語母語話者65名がそれをヘッドホンで聞き、スペルアウトしました。

各語が正しくスペルアウトされた割合をパーセンテージで表したものが明瞭度です。3-2の結果一覧において * のついているものは、本聴取実験において明瞭度が40%以上60%未満だったもの、** は明瞭度が40%未満だったものです。音韻体系の違いに基づいて逸脱が起こるglobal error はもちろんのこと、個別に発音が逸脱しているlocal error においても明瞭度が低いものが多くあることがわかります。いわゆるカタカナ語を「英語として」発音することの大切さが明らかとなりました。

また、明瞭度の高い語・低い語を比較して、どのような特徴があるかをまとめたものが次の表です。手がかりが少なく、一音逸脱するだけで最小対など別の語に聞き取られる可能性の高くなる単音節語(例:berth → bus, boss, pass, bath)の明瞭度が低くなることは当初から予想された傾向でした。一方、日本語にはない子音連続は難しいと予想されがちですが、語頭が/s/の子音連続を持つ語(例:smoke, starboard, speed)は明瞭度が高いという結果が得られました。

SMCP 用語 明瞭度(%) 誤回答
(3以上; 10以上は下線と括弧内に誤答数)
考察
明瞭度 80%以上:8語
information 92.3
  • 長い多音節語は手がかりが多いからか明瞭度が高い
  • /sm-, st-, sp-/ のような語頭が/s/の子音連続を持つ語は明瞭度が高い
smoke 92.3 smog
container 89.2
control 86.2
starboard 85.5
emergency 83.1
ETA 82.8
speed 81.5 speak
明瞭度 20%未満:13語
course 18.5 coast (29), cause, calls, close
  • 単音節語は手がかりが少ないため明瞭度が低い
  • /l/, /r/, およびそれに関連する音(暗いLやR音性のある母音)を含む語は明瞭度が低いことが多い
mile 16.9 mine (15), might, light, my, mind
propeller 15.4 prepare, crocodile
astern 15.2 astound, Boston, master
call 12.3 cold (21), coal (16), cord, code, car
fairway 10.9 railway, away, ferry
turbine 10.8 cabin, bobbing
radar 9.2 ladder (12), rudder, brother
freeboard 8.8
tool 7.7 two (19), tube, tooth, dude, sea, soon
trim 6.2 three (14), dream (12), tree, toilet
berth 1.9 bus (13), boss, pass, bath
full 1.5 crew, fruit, hurry, who

上の表以外の44語の中にも、頻繁に間違えられるものがありました。以下に、10以上の誤回答のあった語に限定して列挙します。

頻繁に間違えられるもの(括弧内は誤答数)

anchor → uncle (29); port → boat (21); crew → clue (14); bridge → breach/breech (13), reach (12); clear → career (12), Korea (12); draft → raft (12); alarm → around (11); bow → boat (10); order → older (10)

誤答を丁寧に見ていくと、3-2で観察した逸脱のうち、どの部分が明瞭度に影響を与えていることが見えてきました。

明瞭度に影響を与えている問題

  • 母音の問題:/ɪ/-/iː/ (bridge, trim), /ɔː/-/oʊ/ (call), /æ/-/ʌ/ (anchor), R 音性 (course, port, berth)
  • 子音の問題:/l/-/r/ (crew → clue; pilot ⇄ pirate; clear → career, Korea; radar → ladder;
    order → older; alarm → around), 暗いL(mile → mine, call → cold)
  • 有声・無声の問題:気音の不足 (port → boat), /r/ の無声化の不足 (trim → dream)
  • 音節構造の問題:子音連続への母音挿入 (clear → career, Korea); 子音連続における語頭子音の脱落 (bridge → reach; draft → raft)

上記には示されていない誤答を通して、error の型が明瞭度に影響を与えることもわかりました。例えば、綴字の位置を間違えるという別の誤りと少しも明瞭度に影響を与えるわけではありませんでした(例:barometer, control はごく低レベルの「誤り」扱い)。ただ、子音連続への母音挿入に加えて綴字の位置を間違えるというように間違いが重なると、明瞭度に大きな影響を与えるケースが観察されました(例:bridge [búridʒ] → porridge; trim [toɾim] → current)。このような error の型をした語がカタカナ語化した場合の明瞭度への影響については、更なる調査が必要でしょう。

Group A の平均値の平均は 44.5%(標準偏差:9.4)、Group B の平均は 48.9%(標準偏差:8.0)で、大きな個人差が見られました。話し手の発音の仕方が明瞭度に影響を与えたようです。4 人の話者を比較してみましょう。

  • 話者 A09

    (Group A 最上位者)

    明瞭度:71.1%

    英語らしさを意識した発音

  • 話者 A02

    (Group A 最下位者)

    明瞭度:37.0%

    カタカナ語のような発音(例:turbine [tá.a.bi.n] → tavern, cabin, caravan; tool [tsú.i.u.ɾu] → soon, Sue)

  • 話者 B08

    (Group B 最上位者)

    明瞭度:62.6%

    日本語母語話者の癖の残った発音ながら、はっきりとゆっくりと発音

  • 話者 B12

    (Group B 最下位者)

    明瞭度:34.8%

    日本語母語話者の癖の残った発音、かつくぐもったような声質

同じ日本人学習者といっても大きな個人差があります。指導にあたっては、各学習者の英語発音の音声特徴と明瞭度の関係を明らかにし、個別で明瞭度を上げるための方法を見出すことの大切さがわかります。

4.4 日本語母語話者の SMCP 用語発音:わかりやすさ [20] 内田洋子・杉本淳子 (2023). 日本人航海士の海事用語発音:アメリカ英語母語話者による「わかりやすさ」の評価. 第37回日本音声学会全国大会予稿集,172–177.

さらに、65語のうち15語(briefing, cargo, channel, damage, ladder, launch, meter, oil, pilot, pirate, radar, rudder, team, tool, trim)のわかりやすさを測定しました。参加者は3-3で明瞭度を評価した アメリカ英語母語話者のうちの56名で、1名あたり5語ずつ評価しました。評価対象の単語がスクリーン上に提示され、 参加者は1語あたり15名分の発音を1つずつ聞き、1としてもわかりにくい〜5としてもわかりやすいのスケールで評価しました。 1語15トークンの評価が終了するたびに、評価の根拠も自由記述してもらいました。わかりやすさを測定した15語 (1語あたり15名)についても明瞭度とわかりやすさの平均は下の表のとおりでした。明瞭度はスペルアウトによる正答率、 わかりやすさは1〜5による評価の平均とばらつきの度合いです。相対的に評価が高いものは *、 評価が低いものは ** で示しています。

明瞭度 わかりやすさ(SD) 明瞭度 わかりやすさ(SD) 明瞭度 わかりやすさ(SD)
meter *60.0 *3.28 (0.65) pilot 50.8 2.78 (0.68) ladder 32.3 2.76 (0.50)
cargo *55.4 *3.03 (0.82) team *46.2 *3.83 (0.41) rudder 26.4 2.76 (0.73)
damage *55.4 *3.02 (0.61) briefing *44.6 *3.19 (0.60) radar *9.2 *2.07 (0.89)
oil 52.3 *2.44 (0.87) pirate 40.0 2.86 (0.76) tool *7.7 *2.57 (0.75)
channel 52.3 *2.59 (0.44) launch 35.4 2.98 (0.81) trim *6.2 *2.66 (0.74)

15語という限られた語数ではありますが、radar, tool, trim(明瞭度:×、わかりやすさ:×)は発音指導において優先されるべき語であることがわかります。 また、oil, channel(明瞭度:○、わかりやすさ:×)も発音指導が必要な語となります。一方、meter, cargo, damage (明瞭度:○、わかりやすさ:○)はわかりやすく通じる語で、発音指導の面からは優先度は最も低いものとなります。 (team, briefing については、わかりやすいが明瞭度は高くないという結果となっており、検討が必要です。)

また、明瞭度同様、わかりやすさにも大きな個人差が見られました。以下は Group A の15人の話者が発声した9語のわかりやすさの一覧表です。 わかりやすさの評価が高い上位3名であっても、個人差が見て取れます。A05 の oil は 4.90、launch は 4.70 という高い評価であった一方、 rudder は 2.00、briefing は 2.28 という低い評価が見られます。A03 も同様で、大きなばらつきが観察されます。対照的に、A09 には顕著なばらつきはないようです。

さらに、単語についても評価のばらつきが見られます。例えば、評価がもっとも高かった meter(3.28)には 4.55(A03)、4.50(A09)という高評価のトークンと 2.50(A15)、2.30(A12)という低評価のものの両方があります。また、評価が低い単語(tool, oil, radar)にも同様の傾向が見られます。 例えば、radar では 4.22 の評価を得たトークン(A09)もあれば、1.5 以下の低い評価を得たトークン(A07 1.28, A04/A15 1.39, A03/A11 1.50)もありました。

話者ごとのわかりやすさ 話者ごと×単語ごとのわかりやすさ
話者名 平均 標準偏差 meter briefing cargo launch rudder trim tool oil radar
A09 3.81 0.54 4.50 3.94 3.22 3.65 4.06 3.00 4.39 3.30 4.22
A05 3.27 1.03 3.15 2.28 3.67 4.70 2.00 2.61 3.56 4.90 2.56
A03 3.10 1.21 4.55 4.17 3.67 1.45 4.33 2.83 3.39 2.05 1.50
A06 3.08 0.67 3.20 3.67 3.44 2.80 2.94 4.06 3.11 2.85 1.67
A13 2.98 0.77 3.10 3.28 3.67 3.80 2.78 1.56 1.94 3.15 3.56
A07 2.88 1.00 4.05 3.56 3.61 3.50 2.94 3.39 2.11 1.50 1.28
A14 2.65 0.83 3.15 3.06 1.06 3.50 3.44 2.72 2.94 2.40 1.61
A04 2.57 0.79 3.35 3.11 3.22 3.05 1.89 3.22 2.33 1.55 1.39
A10 2.53 0.65 3.20 3.44 3.00 2.95 2.44 1.61 2.00 2.25 1.83
A11 2.51 0.57 2.80 2.89 3.11 2.50 2.72 3.06 1.72 2.30 1.50
A01 2.50 0.51 3.15 1.89 2.72 2.80 2.83 1.89 2.17 2.00 3.06
A15 2.46 0.61 2.50 2.89 3.22 3.20 2.06 2.44 2.61 1.85 1.39
A02 2.46 0.73 2.80 3.44 3.72 2.00 1.89 1.50 2.17 2.40 2.22
A08 2.42 0.81 3.45 3.44 1.28 2.70 2.61 2.94 2.22 1.60 1.56
A12 2.38 0.44 2.30 2.72 2.89 2.10 2.39 3.00 1.94 2.45 1.67
単語ごとの 平均 3.28 3.19 3.03 2.98 2.76 2.66 2.57 2.44 2.07
わかりやすさ 標準偏差 0.65 0.60 0.82 0.81 0.73 0.74 0.75 0.87 0.89
単語ごとの理解度(%) 60.00 44.62 55.38 35.38 26.42 6.15 7.70 52.31 9.23

「何を基準にわかりやすさを判断しましたか」という評価の根拠

最後に、「何を基準にわかりやすさを判断しましたか」という評価の根拠については、次の項目が回答として得られました。括弧内の数は、56名中の回答人数を表します。

  • /l/:tool (16), oil (15), channel (9), launch (5), ladder, pilot (2)
  • /r/:pirate (10), rudder (9), briefing (5), radar (2), trim (1)
  • R 音性:meter (12), cargo (8), ladder (6), rudder (2)
  • 子音:pilot (5), launch (4), cargo, meter, pirate (2), briefing, ladder (1)
  • 母音:launch (11), radar (10), trim (6), meter (5), team, tool (1)
  • 母音挿入:trim (6), briefing (3)
  • 最小対:pilot ⇔ pirate (13)
  • 綴り:cargo (5), pirate (3), channel, ladder (2)
  • 音節:oil (2)

3-3, 3-4の聴取実験から多くの示唆が得られました。特に、同じ母語を共有する英語学習者であっても大きな個人差があることから、 それぞれの学習者の特性や個別性に応じた指導が大切であると言えます。

しかし、まだ十分に解明されていない点も多く残っています。例えば、この研究の聞き手はアメリカ英語母語話者でしたが、 聞き手が他の母語話者であれば、聞いた音声をどのように評価するか? これを確認することなく真の意味で海事英語のわかりやすく伝わる発音について論じることはできません。 また、聞き手を船員に限定したら聞き取り方も変わるはずです。例えば、trim は three, dream などに聞き間違えられましたが、 これは trim という船舶ではない聞き手にはあまり馴染みのない語であったためだと解釈した可能性もあります。加えて、 単語を聞かせるのではなく文を聞かせたり、さらに、どういう状況で発せられるフレーズであるか、コンテクストを提示しながら聞かせたらどのように評価するかも知りたいところです。今後の研究が待たれます。

まとめ

安全な航行のために
わかりやすく通じる発音

わかりやすく通じる発音をテーマにした港湾と船舶のイメージ

船舶運航では、無線通信における、一つのミスコミュニケーションが大事故に繋がる可能性があります。したがって、きちんと伝わる英語が必須となります。その基盤は基本的な英語力ですが、ESP としての海事英語は一般的な英語と比べて使用語彙が限られている上、場面によって使用する表現も絞られるため、コンテクストの力を借りることもできます。また、SMCP は使用すべき表現を標準化して示しており、それを忠実に使用すれば、わかりやすく伝える上で大いに役立ちます。さらに、世界の音声変種に対する理解を深めること、聞き手に対する思いやりを持つこと、ゆっくり・はっきりした発音を心がけることも大切です。

簡単な例として、入港時、水先案内人の乗ったボートが本船に向かっていることを船長に報告する場合を考えてみましょう。語彙的には、水先案内人の乗ったボートは pilot boat と言います。文法的には、“隻のボートなので不定冠詞の a をつけるべきところ、SMCP では文法が簡略化される傾向にあるので、つけてもつけなくてもどちらでも良いはずです。現在、起きている動作であるため、現在進行形を使います。入港時の一連の手順に則って行われるものなので、コンテクストの助けもあり、ゆっくり・はっきりと発音すれば、十分伝わります。つまり、“(A) pilot boat is approaching.” のようになります。ジョークまじりに「日本人は /l/-/r/ の区別が苦手だから、pirate boat にならないようにね」と言われることもありますが、基本的な語彙力と文法、コンテクストの助けがあれば、伝わらないことはないはずです。

とはいえ、コミュニケーションに万全を期すために、SMCP で使用される海事用語の母音・子音・強勢を適切に発音して、音声的にわかりやすく伝えようとする心がけは、重要なシーマンシップです。pilot /páilət/ と pirate /páirət/ は一音違い(最小対)であり、/l/ と /r/ を言い間違えると伝達に影響を及ぼし得ると理解しておくのは大切なことです。万が一、海賊船が出没するという緊急事態に遭遇してしまった際には、冷静に “I am under attack of pirates.”(本船は海賊に襲われている)と /r/ の音を使って報告したいものです。

SMCP をはじめとした、音声コミュニケーションを伴う海事用語を覚える際には、スペリングとその意味だけでなく、どのような音声を持っているかも覚えることによって、初めてその単語を習得したと言えます [21] 内原卓海 (2022年6月).「第2音声語彙習得と教授」JACET SLA SIG. オンライン講演会. 。日本語母語話者が全般的に不得手とする体系的な発音の問題(global error)はもちろんのこと、いわゆるカタカナ語として身についてしまっている語(local error)の元々の英語発音はどのようなものであるか、常に意識することが大切です。日本語において定着・化石化したカタカナ語の影響から脱却することは、多くの日本語母語話者の英語学習者にとってかなりの困難を伴うようです。それを克服するためには、実際の音声を聞きながら母音・子音・強勢の位置を確認し、声に出して練習することが必要不可欠です。

最後に、本セクションで述べた内容が世界の海を行き交う船舶の安全な航行に寄与することを心より願っております。

謝辞

Acknowledgements

  • 本セクションは、JSPS 科研費 21K00566 の助成を受けたものです。
  • 本セクションに関するアドバイスをいただきました東京海洋大学名誉教授 矢吹英雄先生に深く感謝申し上げます。
end

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  19. [19]

    Uchida, Y., & Sugimoto, J. (2023). Intelligibility of Maritime English terms pronounced by Japanese deck cadets.
    Proceedings of the 20th International Congress of Phonetic Sciences, 4259–4263.

  20. [20]

    内田洋子・杉本淳子 (2023). 日本人航海士の海事用語発音:アメリカ英語母語話者による「わかりやすさ」の評価.
    第37回日本音声学会全国大会予稿集,172–177.

  21. [21]

    内原卓海 (2022年6月).「第2音声語彙習得と教授」JACET SLA SIG. オンライン講演会.